毒親から逃げる方法

毒になる親から逃げるべき理由

こんにちは、奏子(かなこ)です。

奏子

Twitter:@windy_k75

私の母は毒親でした。

私は17歳の時、殺すつもりで母に刃物を向けました。

(れっきとした犯罪行為ですが・・・時効ということでご容赦ください)

実行するには至らず、直後に親から逃げました。

もし、逃げていなかったら。

本当に殺すか親に殺されるか、どちらかだったと今でも思います。

そこに至った経緯から、親から離れることは悪ではない・離れるべき場合もあるということを伝えます。

養育不能だった母親

私が物心ついたとき、既に母の言動はおかしなものでした。

小学校に上がる頃には、聞くに耐えない暴言や汚い言葉を言って回るようになっていました。

最終的には私を家に閉じ込めて監視するようになりました。

小学6年生で児童相談所に保護され、そこから養護施設に送られました。

高校生の頃、治療を終えたという母が私を引き取ると言ってきました。

その時はまだ、一緒に暮らせると嬉しく思っていました。

しかし、待っていたのは母とふたりの家族としての暮らしではありませんでした。

離れることを決心したきっかけ

母は恋人の男性の家に入り浸り、家に帰ってくることはありません。

そこに私を呼び寄せようとしたようでしたが、私が入れるお金が主目的だったことはすぐに理解しました。

殺される、殺そうと思った瞬間

男性と同じ部屋で暮らすことに抵抗があった私は、母が住んでいたアパートの一室で一人で暮らし始めました。

生活を維持するためアルバイトをしましたが、学費までは賄えずに高校は中退しました。

教科書や学用品は男性に全て捨てられました。

私は男性に反発し度々殴り合いとなり、生傷が絶えませんでした。

母は、見て見ぬふりをしていました。

異常な親の暴走を止めようと思った

男性や母自身の言動の異常性を何度訴えても、返ってくるのは否定の言葉。

やがて、母は男性と一緒になって違法といえる行為にも手を染め始めました。

私が刃物を向けた行為は、何とか止めようと思って取った行動でした。

我ながら浅はか過ぎますが、極限状態になるとこうなります。

身をもって経験した私は、殺人事件のうち何割かはこのように思ったのでないかと推測します。

どれほど理不尽なことでも、母が白と言えば白。

従ったところで、もはや正常な思考ができなくなった母の支配が続くだけ。

それに気付いた時、留まる必要はないことに気付きました。

自立できる年齢ならば、親と決別できる

既に成人していて親との折り合いもよくないけれど、親元を離れられない。

もしあなたがそのような状態であったなら、思い切って親から離れることをおすすめします。

‪子供と違い、生活面で一切親に依存しない選択が出来るのですから。

‪逆に親が依存してきて離れられないなら、大人ならば一刻も早く脱出すべきです。

‪子と違い、扶養義務は放棄できる。

‪必ずしも親の面倒は見る必要は無いということを、意外と知られていない人がいるようです。

扶養義務は存在しますが、‪子のように自身と同等の生活レベルは要求されません。

余力の範囲で、自身の生活が脅かされない程度の扶助で構わないことになっています。

それさえも建前であり、司法や行政に強制力は働きません。

‪まして毒親と呼ばれるような人間を扶養するようなことがあれば、自分の身が滅びます。

子に集るような親の世話はしなくて良い。

‪親が自助努力もせずに子に集るようなことをするなら、私はその姿勢を軽蔑します。

‪まともに育てられたまともな子であれば、自然と親を助けようと思うのではないでしょうか。

‪そして、まともな親ならそれを感謝する心があるはず。

これは拡大解釈すれば、全ての人間関係に当て嵌まりますね。

最後に

これを読んでいるあなたも、親を殺したいという思いを持ちながら記事を開いていただいたのかも知れません。

それでも実行せずに留まることができているのですから、私より賢い方法で親と距離をおくことができるはずです。

あなたは、堂々と親から離れる権利があります。

親から離れる・逃げることに、罪悪感を持つ必要はありません。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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