プロフィール

奏子

奏子(Kanako)

ベーシスト兼、ミュージックライフ・コンサルタント。
IT業界を渡り歩いて十数年の、元システムエンジニア。

社会人と並行した自身の音楽活動を通じ、魅力がありながら不本意で苦しい活動を強いられるミュージシャンに数多く出会う。

彼ら・彼女らの助けになりたいと強く思い、音楽活動に特化したライフ&マネーコンサルティングを行う。

奏子

Twitter:@windy_k75 

〜経歴〜

誕生

1981年5月4日、東京都青梅市出身。
山ばかりで海のない地域に育った反動か、現在は横浜の海辺に在住。
散歩がてら、みなとみらいの夜景を眺めるのが好き。

子供時代

かなり複雑な家庭環境で過ごし、養護施設にも数年間預けられる。
両親の離婚と自身の2度の結婚・離婚により苗字が変わり過ぎたため、できれば下の名前で呼ばれたい。

1995〜1996年

合唱部に所属していた中学2年生のとき、NHK全国学校音楽コンクール入賞。
直後に人生初のレコーディングを経験。
当時の顧問教師が監修した学校教材用音源の歌入れであった。
アルト・メゾソプラノのパートリーダーとなり、ソロパートも務める。

1999〜2004年

17歳で家出と同時に自立。
フリーター生活をしつつ、ハードロック系バンドを中心にベーシストとして活動スタート。
ある時、某ポータルサイト運営企業でのアルバイトをきっかけにIT業界へ足を踏み入れる。

2005年

ガレージパンクバンド「SPICYTONE」でインディーズデビュー。
本業であるITエンジニアと二足の草鞋。

2006~2009年

本業が多忙となり過ぎたため「SPICYTONE」脱退。
同時に、ベースと音楽活動を封印。
IT革命の波に乗り、一時的にはヒルズ族とも呼ばれるが、過労による心身不調に陥り退職。
派遣エンジニアとして10数社を渡り歩く。

2010〜2014年

IT業界でキャリアを積みつつ、再びベースを持つ。
同時に、フレットレス・ベーシスト永井敏己氏に師事。
セッション活動などのリハビリ期間を経て、ベーシストとしてステージに復帰。

2015年

シンガーソングライター尾野瀬トオルをギター&ボーカルに擁し、エモーショナルロックバンド「GrapeChord」結成。
並行し、サポートベーシストとして様々なアーティストのライブ・レコーディングに参加。

2016年

7月・音楽活動

「GrapeChord」の代表曲「Grapes」が、7月発売のコンピレーションアルバム「RIDE」に収録。
インディーズレーベルながら、メジャー誌「CDJournal」2016年10月号に掲載される。
全国流通を果たし、初回プレス500枚を完売。
この頃から、アコースティックギターによる弾き語りでのソロ活動も開始。

7月・その他メディア

東洋経済オンライン「貧困に喘ぐ女性の現実」シリーズ「貧困を脱した35歳女性が絶対に伝えたいこと」で、自身の半生が紹介される。
執筆は、ノンフィクションライター中村淳彦氏。

9月

苫米地式コーチング認定コーチ補、森陽氏のブログまとめ「凄い人」編に、故スティーブ・ジョブズ氏らと並び紹介される。

きっかけは、森氏が綴った東洋経済オンライン記事の書評。

11月

ソーシャルメディアマーケターとして、ミュージシャンのマーケティングサポート活動を開始。

2017年

2月

TBSテレビ「白熱ライブ!ビビット」に、”マンション女子”として出演。
資産性のある都市型コンパクトマンションの実例として、横浜市中区の自宅マンションが紹介される。

4月~現在

「GrapeChord」解散。
同時期に再び心身不調に陥ったことをきっかけに、音楽活動を休止。
依存克服カウンセラー 亀治中 瞳氏の提唱する心理療法「ブルックリンプログラム」で回復を図るとともに、幼少期の家庭環境が元となったトラウマ・PTSDを克服。

活動休止期間中は、ミュージックライフ・コンサルティング活動に向け本格的に音楽マーケティングを学ぶ。

現在は、全てのミュージシャンに自由で幸せな音楽ライフを送る方法を伝えるため、サポート・コンサルティング活動を行っている。

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